
- 平成15年1月1日・通巻第93号
和魂漢才の精神を今に活かす
新年明けましておめでとうございます。
皆様にはお揃いで平成十五癸未年の輝かしい新春をお迎えになられたことと存じます。
岩津天満宮では、去る平成十四年弥生三月二十五日に御神忌千百年大祭を斎行し、多くのご崇敬皆様のご理解とご協賛を賜り、一年を通し数々の神事、奉納行事、記念行事などを執り行って参りました。そして、霜月十一月二十四日には神恩感謝祭とともに、大祭記念の「和魂漢才(わこんかんさい)」碑の建立除幕式を執り行い、御神忌千百年大祭の締めくくりとさせて頂きました。
揮毫いただきました戸田提山先生の、精魂込めてお書きになった「和魂漢才」の水茎の跡は、まさに先生の宇宙観、自然観を顕現する素晴らしい出来映えだと存じます。菅公のご精神を見事に表現いただき、私どもにとりましては洵に有り難く、喜びこれにすぐるものございません。今後、多くの皆様にこの「和魂漢才」碑をじかにご覧いただき、御祭神菅原道真公の「正直」・「誠心(まことごころ)」と、主体性を保ちつつ外来の文物を積極的に取り入れ、在来文化と融和昇華させ、日本独自の文化を創り出して来た「和魂漢才」のご精神を感じ取っていただきたいと思います。
この菅公のご精神こそ、行く先が見えず主体性の持てない、今の日本に最も必要な「精神・こころ」だと思います。
私どもは、祖先たちが悠久の歴史を通して伝えてきました「いのち」に、今間違いなく生かされています。このことに謙虚に感謝の誠を捧げつつ、これを子々孫々に伝えていかなければなりません。
御神忌千百年大祭を無事終えたこの時に、日本人としての誇りと自信を恢復するために、菅公のご精神を今に活かすと共に、同じく感謝のこころでこれを子々孫々に伝えていくことが肝要であると存じます。
百年に一度の大祭り岩津天満宮御神忌千百年大祭を成し終え、数多くの皆様のご崇敬をお寄せ頂きました岩津の天神さまは、その力、天に充ち満ちて蘇り、御神威(ごしんい)は赫奕(かくやく)と光り輝いておられます。更に強く蘇った御神威、すなわち神様のお力「天神力(てんじんりき)」のご加護と、「和魂漢才」のご精神を御参拝の皆様に是非受け止めていただき、我が日本の国が富士ヶ根の栄ゆる国、聳ゆる国となりますように、共に力を併せて参りたいと存じます。
日本の国の平安と、皇室の弥栄、ご崇敬皆様ご家族ご一統様のご多幸ご繁栄をお祈りいたし、ご挨拶と致します。
- 平成14年10月1日・通巻第92号
日本の主体性
昨年、台湾から来た交換留学生が縁で台湾に関心を持ち始めたとき、書店で台湾の歴史教科書が目にとまりました。その内容は国民党の李登輝総統の民主化政策により、数年前から、以前の残虐・侵略的という反日教科書から、日本統治時代の善政を正当に評価する教科書に変ったことは、通巻第88号で申し上げました。
そして、お隣の韓国では、今も日本を意識するあまりか、国定教科書の内容は相変わらず徹底した反日の内容になっています。韓国は日本に儒教や仏教を伝えてあげたのに、日本は銃や剣の力で無理矢理植民地支配をした、日本は韓国に対し徹底的に悪いことをした、と書いています。
ところが、最近日本で「親日派のための弁明」という本がベストセラーになりました。韓国の現代気鋭の評論家が、李朝末期の歴史を公平な視点から検証し、抑圧的な旧体制の清算と朝鮮の近代化は日本の支援なくしてありえなかったとして、日本統治を高く評価する内容を発表したのです。韓国政府がおこなってきた反日教育をささえる歴史認識は誤っていると厳しく批判し、韓国ではビニール本扱いされ、実質発禁処分となった、劇的な内容の本であります。 このような史観は韓国内の一部常識的な人達の中にはあったのですが、政府に押さえられ、公に発言は一切出来ませんでした。著者は元々反日感情を持っていた韓国の若手左翼思想家ですが、彼が今の韓国の教育の基本になっているのは、反日感情を意図的に作り出すための、歪曲された歴史認識であると指摘しているのです。
一方、日本の若者は「昔の日本は悪いことをした、悪い国だった」と一方的な教育を受けてきています。だから中国や韓国から批判されても、仕方がないと思ってしまうんでしょう。そして、自分はつまらない国に生まれてきてしまったと、すっかり自信をなくしています。
こんな悲しいことはありません。戦争をしたことはもちろん事実であり、反省すべきは反省しなければなりませんが、日本には日本なりの考えがあって、それを行ってきたわけです。そこをきちっと子供たちに教えていかないと、主体性の上に善し悪しの判断が出来る日本人に育ってくれはしないでしょう。
北朝鮮との拉致問題を含めた外交交渉も、日本が日本としての主体性を持って事に当たらなければ、将来に禍根を残すことは必至だと思います。
菅公のご精神「和魂漢才」は、まさに主体性を持ち事に当たらねばならないことを教えてくださっているのです。
- 平成14年7月1日・通巻第91号
日本人としてのの自信と誇りを恢復するために
御神忌千百年大祭の記念講演会を五回にわたって開催し、各分野のスペシャリストの先生方に大変興味深いお話を伺うことが出来ました。
菅原道真公は当時の超一流の文人官吏、すなわち学者、政治家として活躍されましたが、その時代は政治や文化の構造改革を迫られる時代でもありました。いわゆる、唐風文化から国風文化への転換期であり、政治的にも律令制による官僚制度の行き詰まりが見られる時期でありました。
この政治改革を自ら進んで行われたのが菅原道真公であられたのです。公はいち早くこの時代の弊風を払拭すべく、時の宇多天皇の御信任を得て、遣唐使節の廃止を始め数々の政治改革に着手なさろうとされました。
しかしかつて例のない学者の家門からの異例の栄達を、時の一大勢力藤原氏や、これを疎む者たちから恨みをもたれ、讒言により西海の筑紫の大宰府へ左遷されましたが、道真公の引かれた政治構造改革の道筋はそのまま引き継がれ、文化面では漢詩から和歌へと国風文化が盛んになっていきます。
考えてみますと、今の日本はこの時代に非常によく似ていると思うのです。
政治の混乱や世の中の乱れ、洋風文化というよりも米風文化から、日本の本来の文化・思想を見直す傾向が現れてきています。
中国、瀋陽で起きた北朝鮮からの亡命者に対する日本領事館と、中国武装警察官(人民解放軍)の対応は世界の注目を浴びました。まさに今の日本を象徴するような事件でありました。
日本領事館の敷地内は日本の領土であることは世界各国この誰しもが認めるところであります。この事件はまさに日本国家の主権が、武装した軍隊に侵略されたと見ても間違いではありません。
ところがこの事件に対する日本政府の対応はご存じの通り、いまさら申すまでもありません。多くの国民はこのような日本のあり方に疑問を持たないはずはないと思うのです。
今の日本に国家という意識が存在するのか。それとも国家という意識を持つことが事自体が悪いことだとでも言うのでしょうか。今こそ私どもは日本人としての自信と誇りを取り戻すべき時と思います。
菅原道真公千百年大祭の年に当たり、講演会を通して学ばせて頂いた、公の和魂漢才のご精神を私たちの道標と戴き、素晴らしき良き国風(くにぶり)に更に磨きをかけ、自信と誇りを以て間違いなく未来に伝えていかなければならないと思います。
