• 平成12年7月1日・通巻第83号

「神々の国」日本

雨上がりの天神山を眺めると、何と静かで清々しく、心が洗われたような気持ちになります。大きく深呼吸をすると、まるで自然の生命が、自分の体の中に入り込んでくるような感じさえ受けます。
日本人は、その悠久の歴史の中で自然を受け入れ、自然と相対するのではなく、自然の中に身を置き、自然と同化するごとく共に生活してまいりました。それは、自然との共生であり、その自然から命を与えられて、人知を越えた自然の働きの中に「神」の存在を感じてきました。山川草木に至るまで神や仏が宿ると信じ、畏敬の念を以て信仰の対象としてきたのです。

このように私達の祖先は、自然のいのちを大切にする独特の精神文化を作り出してきました。全国津々浦々に神社やお寺があり、それを中心に地域共同体が形作られ、お祭りや伝統行事を通じて子供たちの情操教育がなされ、健全な郷土愛が育まれてきたのです。
しかし、現在では地域の教育力も衰えてきており、子供たちには日本の国民として国旗や国歌を尊重すべき当然の心も教えらていません。
悪意に満ちた日本の歴史を教えられ、自分たちの先祖が、世界の国々に対して、どれだけ悪いことをしてきたかと教えられては、この国に対して自信や誇りが持てるはずがありません。
毎年、年の始めには八千万人以上の人々が初詣に出かけ、神々に様々な祈りを捧げます。人々は意識をしていませんが、まさに日本は「神々の国」であるのです。異文化の仏教が入ってきてからは、神と仏は争うことなく共存し、習合して「神仏の国」ともなっています。

また歴史的に見て、天皇様は、我が国が平和なときも危機に陥ったときも、国民が平安なときも苦しみを味わわなければならないときも、常に国の中心にあって国民と苦楽をともになさり、日本国民の精神的統合の中心にいらっしゃいました。これこそが我が日本の国柄であり国体であります。
悠久の歴史に育まれてきた、日本の良き伝統と文化を自覚し、いまこそ日本人として、自国に誇りを取り戻さなければならない時であると思います。

 

  • 平成12年4月1日・通巻第82号

菅原道真公一千百年大祭

天満宮のご祭神「菅原道真公」が九州太宰府の里で無実の罪の晴れぬままに延喜3年2月25日に神去られましてより、平成14年で丁度1100年を迎えます。
これまでに何度かこの紙面でお知らせしてまいりましたが、全国天満宮梅風会では、平成14年の1月から2月にかけて菅原道真公1100年大祭を斎行し、合わせて様々な記念事業を行ってまいります。

記念事業の中でも「天満宮御神宝展」~天神美術の世界~は特筆すべきものでありましょう。全国の国宝、重文クラスの御神宝や美術品が一度にご覧頂ける、百年に一度しかない機会であります。平成13年4月の京都国立博物館の開催を皮切りに、7月は東京国立博物館、9月は福岡市博物館、11月は大阪市美術館、平成14年5月は名古屋市博物館、金沢の石川県立美術館(期日未定)の各地で、それぞれ一ヶ月余の開催が予定されています。
岩津天満宮に於きましても平成13年より14年にかけて記念事業、記念の行事などを実施する予定であります。
過去を顧みますと、明治36年に菅公御神忌1000年祭を斎行しております。
これを記念して岩津天満宮の正面石段の上り口に記念碑が建てられております。刈谷の高須甚三郎氏が中心となって千人講を組織され、当時の多くの崇敬者のお名前が記されています。

その後1025年祭、1050年祭、1075年祭が斎行されておりますが、今回の1100年大祭は平成14年の2月頃を予定したいと考えております。記念大祭には巷間に広く呼びかけ、誕生講社をはじめ、学業講社、崇敬会や地元の皆様を中心にご参加いただき、神牛神馬の行列や、奉祝の稚児行列、梅の献木、記念碑の建立、記念参拝旅行、境内の整備などを計画してまいります。
今後、菅原道真公1100年大祭の予定などは逐次「てんじん山」「岩津天満宮ホームページ」などでお知らせしてまいります。

この機会に岩津の天神様との神縁の輪をさらに広く、楽しく、拡げて行くことが出来ますれば、ご祭神もさぞかしお慶びになられることと存じます。
今後とも変わらぬ篤いご崇敬をお寄せ下さいますようお願いいたします。

 

  • 平成12年1月1日・通巻第81号

いま何が大切か ―西暦2000年―

皆様には平成庚辰年の、輝かしい新春をお迎えになられたと存じます。
今年は西暦の2000年。世界中を挙げてコンピューター2000年問題や、2000年は21世紀か否かも含めて、それこそ景気回復の悲痛な祈りを込め、ミレニアム(千年紀)を記念するイベントやら、記念の商品などでお祭り騒ぎの様相を呈しています。

西暦がキリスト教暦であることは、よくご存知だと思います。西暦は6世紀の頃、ローマのディオニシウス・エクシグウスという修道院長がイースター(復活祭)の日取りを決めるために考案したもので、イエス・キリストの生誕の年を紀元1年としました。
しかし、実際のキリスト生誕年は紀元前4年頃だということが定説で、信仰に基づいた暦年であったわけです。
ヨーロッパを中心とするキリスト教国以外には、その国独自の暦年を持つ国が多くあります。イランの太陽暦、ユダヤ暦、イスラムのビジュラ暦の他、仏滅紀元がビルマ、タイ、カンボジアなどで実際に使用されており、その国の生活習慣と密接に関わっています。

日本では中国からの影響で元号を使用してきた永い歴史があります。そして現在は元号法に基づいて元号が使われています。
西暦が世界の主流であり、国際的な関係での紀年は西暦が使用されている現状を見て、日本も西暦に統一すべきとの意見を聞きますが、便利かどうかだけで西暦に統一するというのは短絡的です。元号だけを使うと言うのも考え物ですが、現在の元号と西暦の併用で充分だと思います。
今世界はインターネットの普及や、ヨーロッパのEU統合などの流れの中で、国家間の垣根がどんどんなくなってきています。しかしそれぞれの国に於いてはどうかというと、国や民族の歴史、伝統をいっそう大切にしようとする傾向が見られます。

日本は周りを海に囲まれ、国境を意識することが少ないせいか、自国の大切なものに無頓着ではないでしょうか。
西暦二千年を迎えた今、何が大切かを考える機会でありたいと思います。