
- 平成11年1月1日・通巻第77号
尊い大御心をいただいて
皆様お揃いで清々しい新春をお迎えになられたことと存じます。
この所の我が国での関心事は、何といっても不景気による経済問題でした。国政においても、どんな外交問題より先ず国内の経済問題が最優先されるといった異常事態の様相を呈して参りました。
旧聞に属すことで恐縮ですが、平成9年の8月に京都で国際天文学会が開催され、天皇皇后両陛下が御臨席のため行幸啓になられました。両陛下は8月20日の開会式に先立ち、19日に石清水八幡宮に御親拝遊ばされました。これは明治天皇が御親拝遊ばされて以来120年ぶりのことでありました。
このことはテレビや新聞でも報道されましたのでご存じの向きも多いと存じますが、今上陛下は、歴代天皇が日本の国難に際して国の安泰を祈られたことに倣って、石清水八幡宮に御親拝遊ばされ、我国の安泰と国民の平安を祈られたのです。
畏くも今上陛下は今の日本の現状を国難と受け止めておられたのです。御神前での尋常ならざるお姿からは、心から日本の国と国民のことを御心配になるお心を拝することが出来たと漏れうかがっております。
陛下のこの尊いお気持ち、即ち大御心については一切報道されておりませんが、どこの国にこれほどまで国民のことを心から御心配になられる一国の元首がいらっしゃることでしょうか。第124代の昭和天皇も、東北地方で干ばつがあったとき、困っている人々を思い3日間食事をおとりになりませんでした。しかもこの大御心は、万世一系皇室の伝統として現在まで受け継がれてきておられるのです。
このような陛下の大御心があればこそ、日本人は勤勉で慎ましやかで、忍耐強く、和を尊ぶ国民性を養って来られたのです。
天皇様の御存在は、私ども日本人にとって、日本の国にとってかけがえもなく尊いものなのです。
この互いに慈しみあう親子のような関係を国民が自覚すれば、少々苦しい時代に遭遇しても、一生懸命努力し乗り越えてゆくことが出来ることでしょう。
私共はこんな時代にこそ、尊い大御心を体してそれぞれの道に邁進努力せねばならないと思います。
- 平成10年7月1日・通巻第75号
菅原道真公 一千百年大祭記念 「天神美術展」
天満宮のご祭神・菅原道真公は、平安時代の比類なき偉大な学者であり政治家でもありました。
大宰府天満宮、北野天満宮を中心に、菅公をご祭神としてお祀りする神社で、全国天満宮梅風会を組織し、親睦を中心に様々な活動を行っており、我が愛知県にも菅公を主祭神としてお祀りする神社は92社を数えます。
さて、平成14年にはご祭神菅原道真公がお亡くなりになられてから丁度1100年の歳を迎えます。天満宮梅風会では、全国を挙げて菅公1100年大祭に数々の記念神事や記念事業を行いますが、特にその中でも圧巻は、天神様ゆかりの至宝展「天神美術展」の開催です。
全国には、12000社ともいわれる天神さまのお社があり、日本の伝統文化や学問・教育などの文化事象と深く関わり、様々な形の天神信仰として今に伝えられています。
その菅公ご神忌1100年の永い歴史の中で守り続けられた、ご祭神愛用の遺品や、信仰の証に神前に奉納された国宝や重要文化財のご神宝の数々を一堂に、百年に一度しか実現できない特別公開が実現の運びとなりました。
平成13年の4月から5月迄は京都国立博物館、7月から12月迄は東京国立博物館、福岡市博物館、大阪市美術館で開催。
平成14年4月から7月迄はその他の2都市で開催が予定されています。
国宝10点、重文100点、その他海外に流出している重要な天神美術の数々もこの機会に里帰りする予定です。
日本人の教育レベルの高いのは、江戸時代までに学問・文化の祖神菅原道真公を祭神と仰ぐ天神信仰が、寺子屋を中心に社会に広まり、風俗習慣にまでなったからだと言われています。その証でもある天神さまのご神宝の数々をご覧頂く、またとない機会でもあります。
どうか、是非とも多くのご崇敬の方々にお越し頂きたいと思っています。
- 平成10年4月1日・通巻第74号
服部貞弘名誉宮司の 御功績を称えて
56年もの永きにわたり岩津天満宮にお勤めになられた服部貞弘宮司が、平成9年12月31日を以て御退任になられました。
昭和16年宮司として就任以来、戦中の大変厳しい時代から現在に至るまで、今ある岩津天満宮をほとんどお一人で築き上げてこられました。
岡崎では市教育委員長、市会議員、市議会議長、またその温厚篤実な人柄をもって裁判所の調停委員を永年つとめ、家事、民事調停協会の会長をもつとめられました。
このような多方面にわたっての功績を認められ、昭和58年に藍綬褒章を、平成元年には勲五等双光旭日章を受章されました。
愛知県神社庁では額田支部長・神社庁監事・理事、副庁長、庁長を歴任。神社本庁にあっては県代表として、神社本庁評議員を多年に亘り努め、その間実に二期六年間、本庁評議員会議長として円滑な議事運営に才を発揮され、神社本庁人事委員、表彰委員の要職にも就かれ、斯界発展のために尽力されました。
これら経歴の中で特筆されるのは、昭和58年に全国神社界の衆望を担い神道政治連盟会長に就任、平成4年に退任されるまでの9年間、昭和天皇の御不例、御大喪、今上陛下の御即位といった諸儀式を、皇室の伝統に則った形で実現するため、政府自民党と共に、大きく貢献されたことであります。その功績は極めて大きく、民社の宮司としては異例の神社本庁長老の称号を賜りました。
またこの間、昭和46年には熱田神宮の旧宮庁を拝領し、岩津天満宮の社務所として移築、昭和55年には御本殿・幣殿の改築。
さらには昭和63年に現在の社務所「飛梅殿」の増改築。平成8年には岡崎市唯一の市道をまたぐ「一の鳥居」の竣功など、現在の荘厳にして崇敬者に親しみのある社頭の整備を完成されたのであります。
天満宮総代、神社関係者、地元民、崇敬者は「岩津天神の服部宮司」とその人柄を慕い、岩津天満宮に崇敬の念を寄せられております。
1月15日付で服部前宮司に対し、神社本庁より名誉宮司の称号を賜わりました。これからも御壮健で、岩津天満宮のためにお力添え賜りたいと思っております
