• 平成19年7月1日・通巻第111号

御木曳(おきひ)き

わ~ん うわ~ん・・・・
御木曳き車が車輪をきしませながら進んでいきます。
エンヤ、エンヤ、エンヤ・・
白装束に身を包み、一日神領民として伝統のままに御木曳き奉仕する善良の民。
老いも若きも男も女も、エンヤ、エンヤ、エンヤの掛け声に力を合わせ、心を一つに、御木を曳きます。
エンヤ、エンヤ、エンヤ・・ 去る五月三十一日・六月一日の二日間、当社名誉宮司夫妻を始め職員総代、そして岩津天満宮に崇敬の心を寄せられる皆さんとともに、二十年に一度の貴重な機会、神宮式年遷宮諸行事の一つ、神領民にのみ許された御木曳き行事に参加することが出来ました。

前日は伝統に従って、二見の興玉神社に参拝し「無垢塩草」で祓いを受け、今は海水には浸からない浜参宮をいたしました。神社表参道、昔懐かしい二見の旅館街には「浜参宮」の幟がはためいて、一層御木曳き奉仕へ気持ちも昂ぶって来ます。  翌日、宿で早めの朝食を採り、バスで外宮近くの御木曳き車の出発場所へやって来ました。既に全国からやって来たバスがずらりと並んでいます。簡単な説明を受け、いよいよ御木曳き車の前、事前に頂いた御木曳きの綱位置を示す木札の位置へ整列です。
すると、奉曳団の方から気合いの入った挨拶と、エンヤの掛け声のエール交換が始まりました。
他のグループに負けないように気合いを入れて「エンヤ!」
続いて一日神領民御木曳き行事の総責任者の伊勢市長からも歓迎の挨拶を頂きました。
やっと出発です。全国から参加された一日神領民の多くは中年以上の方、中には九十歳に近い方もいらっしゃいましたが、我が服部名誉宮司様は間もなく満九十一歳。とうとう最後まで綱を引ききってしまわれました。
わ~ん、わ~んというワン鳴りも高らかに、奉曳団の皆さんの木遣りに合わせて外宮まで約一時間、地元の皆さんの歓迎を受けながら御木を曳き終えました。

その後の外宮内宮の御垣内参拝も、一日神領民でなければの貴重な機会です。五百年の伝統を持つ神領民の御木曳き行事は第六十回の式年遷宮から一日神領民の制度が導入され、多くの国民がこの行事を体験できるようになりました。

かつての式年遷宮は国家の責任に於いて行われてきましたが、戦後四回目となる今回の御遷宮を伝統に則り実現させることは、神宮の伝統行事の継承だけでなく、日本文化の将来を方向付ける大きな意味があると思います。急速に近代化した現代日本が、祖先の残した心と伝統を、間違いなく受け継いでいけるかどうかの大きな鍵と言えるでしょう。
鬱蒼とした神宮の杜の森厳さを感じながら、これはどうしても守り伝えねばならないと思ったのは私だけではないと思います。

 

  • 平成19年4月1日・通巻第110号

書人そして武士・戸田提山

去る三月十八日、一ヶ月にわたる会期を以て「人生山脈只茫々書人~戸田提山展」が盛況のうちに終わりましたが、この作品展には当宮から先生の代表作「大」「雷」「拝余香」の3点が出品されました。
この作品展は、既に数年前、戸田提山先生がご存命中から計画されていたものでしたが、先生とのご神縁によって、戸田提山顕彰事業実行委員会の末席に加えて頂く光栄に浴したものであります。
先生の水茎の跡の出来栄えや素晴らしさは申すまでもありませんが、既に用意されていた作品に添えた先生の随筆や書論を拝読し、今更ながら先生の思慮深さを思い知らされた気がいたします。
これらの随筆や書論を拝読いたしますと、日本の国の武士(もののふ)たる先生の心を垣間見ることが出来ると思うのです。

先生はこのように語っておられます。
「日本の風習の中には、書の中にこそ相手の美意識と鍛錬の度合いと人間としての深い人格を読み取ろうとする、友愛と敬意と厳しさを求める精神があるように思います。一瞬の隙も見せない武士の日常とは、そういうものでしたが、この美風は、今後どのくらい続くのか、また、どのように変容していくのでしょうか。と考えてくると、「書は芸術である」とのみ思い込んで、ただ展覧会出品作品にばかり気を取られ書の大道を見失うようなことになりますと、見事な日本文化の華としての「武士道」もついに、眼前から消えてしまうのではないだろうか、と心配になるのですが」

また、文化についても
「日本に、果たして文化と称するものがあったのだろうか。もしあったとしたら、せいぜい江戸後期から明治の終わりまでであろう。すなわち葛飾北斎らの浮世絵が、広く民衆にささえられた頃から、日露戦争における武士道の存在までである。それか、ひそかに伝わってきている民俗であろう。 今日あると思われているのは、我が民俗の優れた文化的感覚の鋭敏さが生んだ、外国文化依存の技術性に外ならない。ともかく主体性を失っている。」

如何に先生が、自分自身に対する厳しさを求め、さらにはその精神を以て今の日本を俯瞰されておられたか判ります。
また、先生から「つねならず」の境地を教えていただいた時のことは、今も忘れることが出来ません。

先生はよく仰っておられました。
「森羅万象、全てが師ですよ。私は自分の心を無限の宇宙のように膨らませて、そして宇宙と一体となって作品に向かいます」と。

全身全霊をこめて全ての努力をなし終えた者でしか到達し得ない「つねならず」境地。
その境地を形象化した「雷」は今、岩津天満宮社務所飛梅殿「洗心の間」に鎮まっています。

 

  • 平成19年1月1日・通巻第109号

公の精神

新年明けましておめでとうございます。輝かしき平成十九年丁亥(ひのとい)歳の新春を迎え、皇室の弥栄と聖寿の万歳を寿ぎ奉り、岩津天満宮ご崇敬の皆々様の御平安をお祈りいたします。
振り返ってみますと、昨年は国内外で様々な問題が起こり、周辺の状況を鑑みて、自国の安全と共に世界の平和を祈られずにはおられませんでした。しかしながら、皇室典範改正に絡んで皇位継承問題が議論沸騰する中、秋篠宮悠仁親王殿下ご誕生が如何に我が国に明るい兆しをもたらして頂いたことか。洵に有り難く、お目出度く、喜ばしいことと存じました。
その反面、わが国の将来を担って行くべき子供たちの環境は、ますます難しい時代を迎えていると感じられてなりません。

昭和40年代の加熱する受験戦争や、学校教育が知識を偏重し過ぎた詰め込み教育であるなどの批判(落ちこぼれ問題など)から、昭和51年にゆとり教育が提案され、それ以降さまざまな瀬作が実施されてきましたが、その後子供たちの学力低下を見るに至り、「基礎問題の反復練習」をその打開策とする傾向も出てきています。
しかしながら、現在では「学級崩壊」が小学校低学年まで進むに至り、現場の先生方は立ち往生をなさっておられると聞きます。

さらに、子供たちがいじめなどによる自殺をするに至って、ますます教育現場の混乱は増すばかりです。世の中は、挙げて学校や教育委員会の責任を追及するあまり、校長や教育長が土下座をする姿が全国にテレビニュースで流されるといった異常事態を見せています。熱心でまじめな先生方もたくさんいらっしゃいますが、このような環境では、子供たちにまともな教育が、果たして出来るのでしょうか。

これら問題の原因はいろいろ考えられますが、戦後の日本では、学校も家庭も地域も含めて「公の精神」の涵養を無視し教えてこなかったことが大きいと思います。国家や社会、世の中のために奉仕したい、そのためには自己の犠牲も厭わない、などと言うことはほとんど考えない、むしろ利己主義的な考え方が世の中に蔓延してしまっている勢と思われて仕方ありません。

岩津天満宮のご祭神「菅原道真公」の、無実の罪に陥れられてもお上を恨まず、嘆くことはあっても、皇室と国の平安をひたすら祈られたご精神は、今の世に欠けてしまった、まさに「公の精神」であったのです。
学問の守り神、子供の守り神と慕われる天神さまの「誠ごころ」は、まさにこの時代に不可欠なご精神でありましょう。今一度、菅公のご精神を見直し聞きなおさねばならない時と思います。