
- 平成18年10月1日・通巻第108号
親王殿下の御誕生
秋篠宮紀子様第三子御懐妊の報に、当時の皇室典範改正の拙速な機運が一遍に雲散霧消してから、国民が待ちに待った皇孫の御誕生に、久しぶりに我が国に明るい兆しが現れた様な氣が致しました。
九月六日には目出度く親王殿下が御誕生になられ、神社関係者はもとより、日本国民の喜びは大きく、さらには海外のメディアさえも大きな関心を持ってこの御慶事を報道いたしました。洵にお目出度いことと、謹んでお慶び申し上げます。
愛知県神社庁に於きましても、志を同じくする関係団体と協力して、九月十一日夕刻からお祝いの提灯を掲げ日の丸の小旗を振って、名古屋栄周辺を千五百名ほどで奉祝パレードをいたしました。このところの時代の急速な変化の中にも、日本の皇室はまだまだ国民大多数の支持を集めていることに、安堵の気持ちを持つことが出来たところであります。
一般にはお七夜にあたる九月十二日に命名の儀が行われ、「悠仁」と名付けられ、お印も「高野槇」とされました。二十一日には皇室の戸籍に当たる「皇統譜」に登録する手続きが行われ、名実共に悠仁親王殿下は皇族の仲間入りをなさいました。
ところで、皇室典範改正の問題は消えてしまったわけではありません。平成十六年の暮れに小泉首相の私的諮問機関として「皇室典範に関する有識者会議」設置が発表され、翌平成十七年一月末から検討会を開始し、同年の十一月二十四日に終了、その報告書が首相に提出されました。ご存じの通り女性・女系天皇を是とする方針が打ち出されたのです。しかし、実質審議は三十時間に満たない十ヶ月という短期間の審議での結論に、世間からは余りにも拙速すぎると激しい非難が起こりました。
そして今年二月七日、紀子様御懐妊の報に国会上程予定の改正案も取り敢えず先送りとなったわけです。
親王殿下御誕生で、皇室典範改正問題は終わった訳ではもちろんありません。現行の皇室典範は不備な点が多すぎて、今後皇位の安定的継承を維持していく上に於いて様々な問題に直面したとき、現行皇室典範が充分にその役割を果たすとは思えません。
また、戦後GHQの占領政策の故に改変させられた皇室典範ですが、今の時代に於いて将来を含め日本の伝統や文明文化に適う形で皇位が継承されるようにするためには、まだまだ十二分な議論が必要でありましょう。
どのような形で皇位を継承することがこれからの日本にとって最もふさわしいのか、日本と親族構造の違うシナや朝鮮の男系絶対主義のように、あまりに強く男系に固執すべきでないとの意見もある様に識者の意見は様々で、一朝一夕に取り纏めることは困難でありましょう。当然の事ながら皇族方のご意見も拝聴すべきであると思いますが、今後私どもはこの問題を充分な議論と共に関心を持って見守る必要があると思います。
- 平成18年7月1日・通巻第107号
伊勢の神宮 式年遷宮
定められたかたちと、そこに込められた先祖から受け継いできた深い祈り。これが私たち日本人が営々と守り、伝え続けて参らねばならない固有の文化です。20年に一度、伊勢神宮で執り行われる式年遷宮こそ、皇室を中心とする日本の美しい「かたちと心」が集約された、私共の心の支えとなる日本の重儀です。
遷宮行事は、昨年の山口祭に始まり、一回目の御木曳行事も先日、滞り無く執り行われました。平成25年の御神楽に至る30に及ぶ神宮最大の重儀の内、主な祭典、行事をここにご紹介いたします。
式年遷宮への関心こそ、大切にすべき日本の心への第一歩であると思います。
- 山口祭(やまぐちさい・平成17年)
御用材を伐採するにあたり、御杣山の山口に坐す神に安全を祈ります。 - 御杣始祭(みそまはじめさい・平成17年)
御神体をお納めする御樋代の御料材を古作法により伐採する祭儀です。 - 御船代祭(みふなしろさい・平成17年)
御樋代をお納めする船形の御船代の用材を伐採する祭儀です。 - 木造始祭(こづくりはじめさい・平成18年)
御造営工事にあたり、御用材に墨を打ち、忌斧を打ち入れ、作業の安全を祈る祭儀です。 - 御木曳行事(おきひきぎょうじ・平成18、19年)/写真
旧神領にあたる地元の住民が揃いの 法被姿で御用材を両宮に曳き入れる盛大な行事。全国の「一日神領民」も多数参加し、伊勢の街は勇壮な掛け声と木遣音頭で包まれます。前回は20万人が参加。 - 鎮地祭(ちんちさい・平成20年)
新宮を建てる新御敷地で執り行われる最初の祭儀で、地鎮祭に相当します。 - 宇治橋渡始式(うじばしわたりはじめしき・平成21年)
神宮の象徴・宇治橋も新しくなり、渡女や三世代揃いの夫婦を先頭に盛大に渡り始めを行います。 - 立柱祭(りっちゅうさい・平成24年)
正殿の建築の初めに際し御柱を立て奉る祭で、御柱の木口を木槌で打ち固め新殿の安泰を祈ります。 - 上棟祭(じょうとうさい・平成24年)
正殿の棟木を上げる祭儀。棟木に連なる綱を引き、「千歳棟、万歳棟、曳々億棟」のかけ声と共に御棟木を木槌で打ち固めます。 - お白石持行事(おしらいしもちぎょうじ・平成25年)
御木曳行事と同様、地元の旧神領民に加え全国の一日神領民が「お白石」を曳き、完成した真新しい御正殿が建つ御敷地に奉献します。前回は21万人が参加しました。 - 杵築祭(こつきさい・平成25年)
新殿竣功に際し、御敷地を撞き固める祭儀です。古歌を唱え、白杖で御柱の根本を撞きながら新殿のまわりを巡ります。 - 後鎮祭(ごちんさい・平成25年)
新殿竣功に際し、大宮地の平安を祈ります。 - 川原大祓(かわらおおはらい・平成25年)
遷御の儀に先だち、御装束神宝や神宮祭主以下の奉仕員を「川原祓所」で祓い清めます。 - 遷御(せんぎょ・平成25年)
式年遷宮の中核をなす祭儀。午後八時(※前回)、全ての灯りが消された浄闇の中、大御神は本殿を出御、新殿へ入御されます。百名を越える奉仕員は御神宝等を手に付き従い、参道沿いの多くの奉拝者が見守る中、荘厳な古代絵巻が繰り広げられます。 - 奉幣(ほうへい・平成25年)
遷御の翌日、天皇陛下から奉られる幣帛を新殿に奉納します。 - 御神楽(みかぐら・平成25年)
天皇陛下には遷御の後、神宮に宮中の楽師を遣わされ 御垣内の四丈殿で、庭燎の明りがゆれる中、深夜まで厳かに御神楽が奏でられます。
- 平成18年4月1日・通巻第106号
米国での感懐
先日、アメリカの宗教事情の視察研修に参加する機会を得ました。
研修の主な目的は、アメリカの近現代の史跡視察と、キリスト教諸派・先住民俗宗教の視察でしたが、特に強く印象に残った2点をご紹介しようと思います。
日本の神道を代表して訪れましたので、当然のことながら戦没者の慰霊追悼、無名戦士の墓に献花のため、ワシントンのアーリントン国立墓地を訪れました。月曜日ではありましたが、多くの観光客と共に、先生に引率された小学生グループの代表が兵士の指導で献花の儀式を行っておりました。そのほかの生徒や先生父兄は、右手を胸に当て威儀を正し、代表の子供たちの献花儀式を見つめています。アメリカという国はこのようにして、幼い頃から慰霊参拝を通し愛国心の涵養を行っているのです。その時見守る中にガムをかんでいる生徒がいたのですが、すかさず近くの先生が叱りました。当たり前のことですが、今の日本ではどうかと思うと、いたく感動を覚えてしまいました。
次にニューヨークのコロンビア大学に隣接して建つ、ユニオン神学校を表敬訪問した時のことです。表敬の挨拶が終わった意見交換で韓国の女性教授が開口一番、A級戦犯を祀る靖國神社になぜ小泉首相は参拝するのか、と言い出したのです。
正にA級戦犯を祀る靖國神社が軍国主義の権化であるとばかりに話すのです。これには参加者一同あっけにとられてしまいました。国を挙げて行われている韓国の反日外交カードそのままを、ドクターの称号を持つ彼女は誇らしげにさえ語ったのです。
アメリカ国内でのアジア系反日ロビーストの暗躍は聞いておりましたが、彼女の話は、まるで「レイプ・オブ・ナンキン」を書いたアイリス・チャンの再来かと見紛うほどでした。彼らの反日包囲網がアメリカの良識すらも蝕んで来ていると思わずにはいられませんでした。歴史の真実が捏造にねじ曲げられてしまい、日本人でさえ信じて疑わぬという、自身の拠って立つ国家をも否定せざるを得ない状況に陥ってしまいます。それどころか、現実は日本国内にもそれを助長させる勢力が存在しています。
国家間においては、日本人が良心を以てしても、相手国の良心を信頼しようとしても、現実はそんなに生やさしいものではありません。その現実をまざまざと見せつけられた出来事でありました。
アーリントンで出会った小学生を見るに付け、慰霊という、人として国家として重要な事柄でさえ、政教分離という名の下にその崇高な精神をも一切教えようとしない、教えられないジレンマに陥ってしまった日本の行政や学校に哀れさえ感じ、勤勉な心優しい日本人の心をいかにして取り戻すか、真剣に考えて行かねばならないと強く感じました。
