


明治12年 岩津天満宮の堂宇は火災によってことごとく焼失しました。
荒廃した岩津天満宮は越中立山・芦峅寺の
大阿闍梨・佐伯鑁禪師の依頼を受けた大事業家・服部長七翁により
明治44年から大正8年にかけてその晩年の歳月を注ぎ再興されました。
そして100年経った平成23年、本殿・拝殿は御修造を行い美しく甦りました。
本殿・拝殿は岩津天神信仰の結晶であり、
ご崇敬いただく全ての皆様が心を寄せる存在でもあります。


ご祈祷の受付、お神札、お守りの授与、岩津天満宮のご案内など、
ご参拝の折にはお気軽にお立ち寄りください。
◎写真は飛梅殿・社務所の授与所部分です(昭和63年秋竣功)


九州・太宰府に無実の罪で配流された菅原道真公をお慕いして
京の都から飛んでいった梅の木にちなんだ命名された、社務所「飛梅殿」です。
◎写真は飛梅殿・貴賓玄関(昭和63年秋竣功)


なおらいは漢字で「直会」と書きます。
その意味は、神事のあと、神様へのお供え物を感謝をこめて戴くことを言います。
そして、和やかになった神と人が心を通わせ、一体となる場が直会です。
私たちはこの場を「余香殿(よこうでん)なおらい」と名付け、岩津天満宮にご参拝頂いた皆様に和やかな「なおらい」の一時をご提供したいと思っています。
ご祈祷・ご参拝のあとのなおらいご休憩、記念品のお求めにご利用ください。
◎写真は余香殿なおらい玄関(平成20年正月竣功)


天神様にお神楽や舞を奉納するための建物です。
また、祭典に併せお点前を披露するお茶席にもなります。
昭和49年の東名高速道路からの出火で
境内西側山林が全焼、神楽殿屋根に火が入るも、
岩津天神・火防せのご神徳により消失を免れました。
◎写真は神楽殿(昭和4年竣功)


願いごとを唱えながら神牛に御神水を掛ける「水掛け牛」、
芸術の神様「宗像神社」(写真向かって右)、
そして恋の御利益「産霊神社」(写真向かって左)
が余香殿の前にあります


神楽殿の前に広がる自然の景色に見立てた曲水の庭です。
水掛け牛から苔庭へ、清流が流れます。
その南側には「重軽地蔵」等が御利益を秘め鎮座しています。
◎苔庭は平成20年竣功。曲水の流れは平成22年12月竣功


いぼとり石:こすればイボが取れると伝わる霊石。
この石の表面にはブツブツのイボのような突起が無数に有り、これは取れたイボが現れたものだと云われています。
筆塚:御祭神・菅原道真公は書道の神様。
その御神徳にあやかり、使い古した筆を納め、その労を慰めると共に書道や学問の上達を祈ります。
重軽地蔵:小さなお社の中にちんまりと坐るお地蔵様には「願いが叶う」ときに持ち上がる霊力があると云われています。
うそ塚:鷽(うそ)は誠を貫いた天神様のお使いの鳥です。
一年間の厄・罪・穢れを天神様の誠と取り替えた「木鷽」をここに納めます。


牛は天神様のお使いです。
菅公が丑歳のお生まれであったことや
「天神縁起」の中でも牛にちなんだ逸話が多くあることなど、
天神様と牛は深いご縁に結ばれています。
特に岩津の天神様の撫で牛は、諸々の病にもご利益があるといわれ、
自身の患部を撫でて、臥牛のその部分を撫でて治すという信仰があり、
江戸時代から人々に撫でられ、黒光りしています。
願掛け撫で牛を撫で、天神様の御加護を頂いてください。
◎写真の臥牛は青御影石製。
元治元年(1864)、土呂(現岡崎市福岡町)籔田屋清次郎奉納


無実の罪で太宰府に配流された菅原道真公に、
最後までお仕えした忠臣・味酒安行公をお祀りしています。
味酒公は菅公の御霊をお護りし大変長生きされたことから
長寿を祈るの神としての信仰があります。


天神様の御加護を願い、
合格祈願や病気平癒を記した絵馬を掛ける場所です。


当宮中興の祖・服部長七翁は、
稀にみる創造力とアイデアの持ち主でした。
明治時代 近代化を図る日本が各地で行った土木事業に参画。
翁は自身の発明による人造石を駆使し、事業を成功に導きました。
長七庵翁の偉業を偲び造営されました。
また、長七庵のかたわらの蹲(つくばい)には、
美しい音色の水琴窟があります。
◎長七庵は平成3年秋竣功


京都・伏見稲荷の御分霊をいただく社・岩津稲荷です。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りしています。
お稲荷様には五穀豊穣・商売繁盛の御利益があり、
毎年2月の最初の午の日は
稲荷社のご縁日、初午祭が執り行われます。


家庭の中に子どもを励ます力があると、立派な人間が育ちます。
菅公の母君・伴氏は神仏への信心深く、特に観音様に帰依され
また教育にも熱心なお方でした。
岩津観音は伴氏の「子育て」の御利益をいただく観音様です。


「祓え給ひ 清め給へ」と3回唱え、体中の息を三度吹きつけ、
土器(かわらけ)を、霊石「厄割り石」に投げつけます。
諸々の災い・禍事・ツミ・ケガレなどをカワラケに移し、
カワラケを割って厄除けをいたします。


手水舎:神様に参拝する前に両手を清め口をすすぎ、心を洗い浄める場が手水舎です。
これを「手水をつかう」と言います。
この手水舎は御神忌千百年大祭(平成14年)にご造営されました。
車祓い所:岩津の天神様の御加護を頂き、安全運転となりますようご祈願いたします。
和魂漢才碑:「和魂漢才(わこんかんさい)」とは、主体性を持ちつつ外来文化を取り入れ、日本独自の文化を創り出す菅公のご精神を表した言葉です。
そのご精神を伝え守るため岩津天満宮御神忌千百年大祭記念に建立(平成14年秋)されました。
揮毫は少字数書の大家、故・戸田提山先生。


人の営みにとって厠(かわや・便所)は大事な場。
ここをきれいにする人には、
子授けや安産の御利益が有ると古来より言われています。
ご祭神は
木華開耶姫命(このはなさくやひめ)
埴安姫神(はにやすひめのかみ)
弥都波能売神(みずはのめのかみ)の
三柱をお祀りする、トイレの神さまです。
◎平成16年12月公衆水洗トイレ新設に併せお祀りされる


岩津天満宮のご参拝は鳥居をくぐり神橋を渡ることで
天神様のさらなる御加護を頂くことができます。
神橋の欄干の左右には願掛け撫で牛が鎮座しています。
願いごとを唱えながら牛を撫で
そして天神山頂上の境内まで石段をお登りください。
◎御神橋の太鼓橋は平成22年2月竣功


当宮中興の祖・服部長七翁の偉業を顕彰する「遐寿碑」です。
そのかたわらには、アンコール遺跡の修復に使われた
「人造石」技術を讃える碑があります。
◎この記念碑は大正6年に建立。
竣工式には当時の愛知県知事始め多くの参列者があり、
長七翁の交流の広さを物語ります。


御祭神・菅原道真公が一番お好きだった花、それが梅の花です。
厳しい冬に可憐な花を咲かせる梅、そこには天神様の強さとやさしさが
馥郁とした香りと共に伝わって参ります。
2月から3月にかけ、境内を始め東山梅苑などに全山で400本ほどの梅が、
順次花を咲かせます。