御社殿改修工事竣功奉祝

御社殿改修工事竣功奉祝

岩津天神信仰を未来に伝える為に甦る

 岩津天満宮は岩津山信光明寺第22世一誉上人が病気平癒の霊験に感激して、江戸時代中期に鎌倉・荏柄天神社の御分霊を勧請し、御祭神の霊夢によって東山の現在地に「天満宮」として祀られたことに始まります。時に宝暦9年、西暦1759年の事であります。

 創祀当時の上人の岩津天神信仰は洵に篤く、病気平癒の神としての信仰を歴代上人に引き継がれ、尾張や三河を中心に広く布教して来られました。岩津天満宮は江戸時代までは信光明寺の所管でありましたが、神仏分離令によって明治時代よりは神社として地元岩津の村が管理することになりました。
 信光明寺の所管から離れしばらくして、明治12年、不慮の火災で堂宇は悉く灰燼に帰し、岩津天満宮は苦難の時期にさしかかります。この頃、越中立山の芦峅寺、大阿闍梨鑁禪(佐伯鑁禪)師は立山信仰の三河地方布教の折に、碧南新川の人造石発明者服部長七の屋敷を常宿にしておりました。加賀の前田候の影響下であった立山地方で篤い天神信仰を持つ大阿闍梨は岩津天神の窮状を憂い、大起業家の長七翁に援助を依頼しました。岩津天満宮を信仰する翁はこれを快諾、万般を引き受けて師と共に社殿再建の為に奔走いたします。

 そして明治33年に長七翁は崇敬者総代に就任し大阿闍梨鑁禪尊師と共に臨時大祭を斎行、明治44年に御本殿を立派に造営、再興いたしました。前後して社務所・直会殿を建立し、大正8年には現在の拝殿を建立、長七翁はそれを見届けるかのように同年7月18日境内の一隅で帰幽いたしました。  今年平成23年は、この御本殿が再興されてより百年の節目を迎えることになり、これを記念して、本殿・拝殿の耐震工事、お屋根の葺き替え等の改修工事を、堀尾佳弘建築研究所堀尾先生の御指導を頂き、株式会社中根組の卓越した技術を以て行って参りました。

 今年2月7日に仮殿遷座祭を斎行し、師走3日に本殿遷座祭を斎行いたしました。

 ご祭神は菅原道真公でありますが、病除けの特殊な御霊験(下の病、脱腸、神経痛、子供の健康など)をもつ岩津天神信仰と、永い歴史を誇る越中立山信仰の、尊く赫奕とした御神威が、今新たな輝きを増して未来に向け甦りを果たしました。
 明治の初年にはトヨタ自工の元である、豊田自動織機を興した豊田佐吉翁が子供の頃、母親の勧めで健康祈願に湖西から当社まで徒歩でお参りに来ています。

 先人が苦労して伝え育んで参りました日本人の祈りの斎場を、未来に向けて大切に伝えて参りたいと存じます。今後共、変わらぬご崇敬賜りますことをお願い申し上げます。

平成23年師走4日
宮司 服部憲明

甦る岩津天満宮の御社殿

甦る岩津天満宮の御社殿

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ご奉賛賜りました方々の御芳名

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