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- 岩津天満宮本殿再興百年記念事業 ご寄付のお願い

- 本殿拝殿改修ご寄付のお願い
岩津天満宮は宝暦9年に信光明寺第22世一誉上人の発願で、鎌倉の荏柄天満宮を勧請し、「我を四辺眺望の地に祀るべし」とのご神託によって現在地に社祠が建立されましたが、明治の神仏分離により信光明寺の所管から離れ、神社として地元岩津の村が管理して参りました。しかし、明治12年の火災で堂宇は悉く烏有に帰し、苦難の時代を経て参りました。
この頃、越中立山の芦峅寺(あしくらじ)、大阿闍梨鑁禪(ばんぜん)(佐伯鑁禪)師は三河地方布教の折、碧南新川の人造石発明者・服部長七邸を常宿にしておりました。加賀の前田家の血筋を受け継ぎ、篤い天神信仰を持つ大阿闍梨は岩津天神の窮状を憂い、大起業家長七翁に援助を依頼しました。翁はこれを快諾し万般を引き受け、師と共に社殿再建のために奔走いたしました。
明治33年、岩津天満宮崇敬者総代となった長七翁は、6月、臨時祭典を執行、明治44年(1911)に宿願であった御本殿を再興いたしました。前後して社務所、直会殿を建立、大正8年に現在の拝殿を造営し、それを見届けるかのように、その年の7月18日、境内の一隅で帰幽いたしました。
その後、長七翁の遺志を継ぎ、子孫である歴代宮司が数々の造営を為し遂げ、今日の岩津天満宮の御神域を作り上げて参りました。
そして、服部長七翁が本殿を再興し100年にあたる平成23年(2011)を目指し、記念事業として、善男善女が心を寄せ築き上げて参りました、岩津天神信仰の結晶であります本殿・拝殿の耐震工事を始め、お屋根の葺き替え等の改修を行うことと相成りました。
岩津天満宮には氏子区域や氏子はありませんが、広くご崇敬皆さまのお力添えを頂き、御神威の灼然(いやちこ)を願い奉賛活動を勧めて参りたく存じます。
何とぞご理解ご協力を賜り、未来に向けてに岩津天神信仰を伝えて参るため、ご奉賛の程宜しくお願い申し上げます。
宮司 服部憲明
◎本殿 拝殿 改修 ご奉賛のお願い・趣意書(PDF1.74MB)
※趣意書の郵便振替用紙を利用される場合は、お届けいたしますので御一報下さい。
奉賛発起人 |
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募財推進委員 |
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岩津天満宮
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名誉宮司
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服部貞弘
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岩津天満宮 |
祢 宜 |
森島武史 |
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岩津天満宮 |
青年会 |
木俣裕文 |
