岩津天満宮中興の祖・服部長七翁が、日本の近代的土木工事に革命をもたらした人造石を発明したのは、明治9年(1876年)長七翁37歳のこと。「長七たたき」と呼ばれる人造石は、その後、広島県の宇品築港(現在の広島港)や四日市築港などの国家事業においてその真価をいかんなく発揮し、土木工事の神様としての長七の名を日本中に知らしめることになりました。
さて今回、世界遺産・アンコール遺跡の修復をユネスコより依頼されたのが、INAX基礎研究所。
同研究所では以前より、長七たたき「人造石」に着目していました。
何故なら、年数を経ても充分な強度を保つ耐久性と、火を使わずに固まるという自然環境に対応した工法であるという極めて今日的、さらに将来を見越した点でも、その優秀性が抜きん出た工法であったからでした。
同研究所では「人造石」の存在を知る以前、自然環境にかなった素材の研究・開発を10年かけて行っていました。しかし、長七翁が100年以上も前に研究者が理想とする工法を発明していたことを知った時は、大変な驚きであったそうです。
実は、人造石とINAX基礎研究、そしてアンコール遺跡を結び付けたのは、この服部長七の存在に早くから注目されていた村瀬業務店会長の米本平一氏でした。氏と岩津天満宮とは、毎年7月18日に執り行う服部長七忌・道具供養祭からおつき合いが始まりました。人と人の出会いが一つの意義ある事業に結び付いた、そのご縁の不思議さを感じます。
長七翁は今から120年前に、独自の着眼と発想の展開、そして幾度かの実験の失敗にめげない粘りで、21世紀に通用する人類的な発明を成しました。しかも長七翁は充分な学問もなく、と言うよりは無学の身から、自らの独創で様々な功績を築き上げたのですから、驚嘆に値する人物であったのです。私たちは、世界遺産修復に長七翁の工法が採用されたという名誉と共に、改めて、人が理想を抱きそれを貫き生きて行くということの大切さ、意味深さを強く思います。
今回の快挙を記念し、岩津天満宮梅苑に立つ服部長七翁顕彰碑の横に、人造石のモニュメント(写真左)が平成12年の当宮例祭(3月25日)の朝にめでたく建立されました。
モニュメントの建立は、財団法人科学技術交流財団・株式会社INAX・株式会社村瀬業務店・株式会 社岡田建工・株式会社杉田石材店、以上のご篤志によって実現いたしました。
モニュメントは人造石と擬碑(レンガの一種)をたたきによって築き固めたもので、「環境にやさしく、自然と共生できる」人造石の意義がテーマになっています。

西暦 |
年号 |
年齢 |
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| 1840 |
天保11 |
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9月9日 |
愛知県碧海郡北棚尾村(現在の碧南市新川字西山)父幸助、母けうの三男として生まれる
自伝には9月18日生まれとある |
| 1855 |
安政2 |
16才 |
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父没す |
| 1856 |
3 |
17才 |
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新川で流行豆腐を開業 |
| 1857 |
4 |
18才 |
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桑名の左官職弥兵衛の弟子となる |
| 1858 |
5 |
19才 |
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郷里新川に帰り左官業を始める |
| 1864 |
元治元 |
25才 |
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桑名で牧野と共同して醸造業を営む |
| 1871 |
明治4 |
32才 |
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桑名本町で虎屋饅頭店を開業 |
| 1872 |
5 |
33才 |
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郷里新川へ帰り製酢業を営む |
| 1873 |
6 |
34才 |
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上京、日本橋区南伝馬町に虎屋饅頭店開業 |
| 1874 |
7 |
35才 |
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敲き屋となる |
| 1875 |
8 |
36才 |
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宮内省の御用を拝命、大久保、木戸公等の邸宅の工事を請け負い信用を得る |
| 1876 |
9 |
37才 |
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人造石の発明をする |
| 1877 |
10 |
38才 |
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内国勧業博覧会に石煖爐、拍作土器等を出品して鳳紋賞碑を受く
会場の泉水池工事で品川弥二郎子爵の知遇を得る |
| 1878 |
11 |
39才 |
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岡崎の夫婦橋を人造石を以て築造
千葉県富津村陸軍台場基礎工事を行う |
| 1879 |
12 |
40才 |
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東京冨士見町御厩谷の水道工事を行う |
| 1881 |
14 |
42才 |
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第2回内国勧業博覧会に擬碾磚・貯水瓶及び漉水器模型を出品して有功賞牌を受ける
高浜の服部新田人造石堤防着工 |
| 1882 |
15 |
43才 |
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服部新田人造石堤防その他竣工
備前岡山の吉備開墾社の築堤に人造石工事を行う |
| 1883 |
16 |
44才 |
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広島県宇品築港見積書作成
佐賀県開墾社の新田開墾に人造石築堤を指導
熊本県・大分県の土木視察を農商務省の依頼で行う |
| 1884 |
17 |
45才 |
9月 |
宇品港築港工事を請け負う
宇品港築港工事起工式 |
| 1885 |
18 |
46才 |
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宇品港築港の仮澪止めを行う
愛媛県三津浜の波止場新田の築堤工事を行う
フランスのパリー万国発明博覧会に、人造石厚さ一寸五分一尺角に原料及び解説を出品して銅牌を受ける
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| 1886 |
19 |
47才 |
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宇品港築港の澪止めを行う |
| 1887 |
20 |
48才 |
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広島県佐伯郡の新田工事等を行う |
| 1888 |
21 |
49才 |
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広島県下の海岸護岸諸工事を行う |
| 1889 |
22 |
50才 |
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宇品築港全く竣工
第3回内国勧業博覧会場土間敲き工事
広島県佐伯郡末広新田の工事を行う |
| 1890 |
23 |
51才 |
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御料局佐渡支庁相川町倉敷地護岸工事を行う |
| 1891 |
24 |
52才 |
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御料局名古屋熱田白鳥貯木場樋門工事を行う |
| 1892 |
25 |
53才 |
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生野銀山の貯水池を人造石工事で行う |
| 1893 |
26 |
54才 |
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上野動物園石塀を人造石工事で行う
豊橋の神野新田築堤に着工 |
| 1894 |
27 |
55才 |
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神野新田築堤、人造石樋門工事を行う
播但鉄道線路第2・7工区土木工事を行う |
| 1895 |
28 |
56才 |
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台湾総督府民政局の嘱託となり渡台、其隆・淡水両港改築工事設計及び淡水水道工事設計をする |
| 1896 |
29 |
57才 |
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豊橋神野新田竣工式
神奈川県横須賀の若松海岸埋立工事を行う |
| 1897 |
30 |
58才 |
6月 |
神奈川県浦賀の館浦防波堤築造工事を行う
四日市築港工事を行う
緑綬褒章を拝受する |
| 1898 |
31 |
59才 |
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名古屋港築港工事起工 |
| 1900 |
33 |
61才 |
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岩津天満宮再興のため崇敬人代表になる |
| 1902 |
35 |
63才 |
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名古屋港築港竣工する |
| 1904 |
37 |
65才 |
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一切の工事から手を引く |
| 1911 |
44 |
72才 |
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不二工業株式会社の依頼で朝鮮の土木事業の視察を行う |
| 1912 |
45 |
73才 |
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岩津天神山に隠栖 |
| 1915 |
大正4 |
76才 |
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御大礼記念章を受ける |
| 1917 |
6 |
78才 |
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額田郡岩津天満宮境内に遐寿碑をたてる |
| 1919 |
8 |
80才 |
7月18日 |
岩津天神山で大往生を遂げる |
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